ブックタイトル広報えびな
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広報えびな
広報えびな2 017年10月1日号 2 地面の下に埋まってしまった大昔の人々の暮らしのあと―遺跡。河原口の相模川に沿った場所で大規模な遺跡が発見されたことを知っていますか?2000年前のものとは思えないほど良い状態で発見された出土品から、今回はその一部を温故館で展示します。私たちが住んでいる海老名で、太古の人々がどんな暮らしをしていたのか、実物を見に来てみませんか。 長さ20cmを超える鉄斧の出土は東日本初で、さびずに残っていた貴重品だよ。弥生時代には原料から鉄を生産する技術は日本にはなかったんだ。朝鮮半島から一体どのように海老名までもたらされたのかは、まだよく分かっていないんだよ。海を越えてやってきた!?板ばん状じょう鉄てっぷ斧 板状の鉄の「おの」。使った形跡はなく、どんな用途で使用されていたのかはまだはっきり分かっていません。教育総務課?(235)4925河か原わら口ぐち坊ぼう中ぢゅう遺い跡せき 2000年以上前、日本が弥生時代と呼ばれていた頃から近世にわたる遺跡です。今までに7回にわたって調査が行われ、特に圏央道建設などのための事前調査として、平成18年から6年間発掘調査が相次いで行われました。 調査から分かったことは、弥生時代に大勢の人が住んでいたことと、約5 0 0 棟もの大規模な集落があったこと。集落は南北4 0 0 ㍍× 東西100㍍を超える大きさで、東京ドーム1個分ほどの広さです。河原口坊中遺跡って?28.5cm重さ 604.6g3.4cm 1.3cm▲上空から見た弥生時代の集落跡(14×29m)河原口坊中遺跡※現在、調査は終了しており発掘現場を見ることはできません